2013-02-01から1ヶ月間の記事一覧
そして ある明け方、 ほんとうに 死んでしまおうと 想った矢先、 自分の体に 兆しを感じた。 大家さんの所へ 行くと、 赤飯を炊いてくれるという。 ただ 安心していろ と、 夫婦ふたりして 口々に 言ってくれた... その時 玄関の戸が、 勢いよく開いて 久し…
恩人を 裏切ってまで、 貫き通したいことなんて あるのだろうか... きっと 地獄に堕ちる、 と やよいは何度となく想い 身震いした。 何日もゲンが 戻って来ず、 ひとりでいると たまらなかった..
だが、 やよいは すでに義父母を棄てて、 ここへきてしまったのだった。
そういった 一部始終を見ていた いまの義母が、 やよいを 見るに見かねて、 引き取ってくれたのだった。 遠い親戚で、 その夫も 心の正しい人であった。
そして、 三度目の 嫁ぎ先。 やよいは身の回りの品を 持たされ、 ひとりで 歩いていったのを 覚えている。
いったい 母さんはなにが嫌で、 そこを 離れたのだろう。
良い人たちだったのだ。 そこには、 お祖母さんもいて 幼いやよいに、 乾燥わかめを 火鉢で焼いて 食べさせてくれた。
4才ぐらいだった やよいが 小学生になり、 偶然に 出逢った光景であった。 ふたりを 遠目に眺めながら、 やよいは 大きなおにぎりと 夏みかんを食べた。
母の ニ度目の嫁ぎ先の 家族... 不思議なもので、 向こうのふたりは やよいに まったく気づかなかった。
ニ度目に 母が嫁いだ先だった。 その親子は のどかに あまりにも静かに ふたりで ゴザに座り、 向かいあわせに 昼飯を食べていた。
だれも 懸命に生きている人を、 とやかくは言えまい。 やよいは、 ある桜の下での 場面を思いだす。 目の前を 中年の男と その息子とが、 ふたりで 花見をしていたのだ。
人がそれぞれ 自らの 居場所で、 自らの 力を だしつくしていた。
叔母は 大きくなってからの やよいに そんなことを 言ったが、 それも仕方がないと やよいは想った。
「あんたの 母さんは勝手だったね.. 好きなときに あんたを借りにきて また いらなくなると 返しにきた」
それに やよいの母が 三度嫁いだことも、 仕方がない。 その頃は とくに、 若くして未亡人に なった女を、 まわりが 気をつかって 世話をする という習慣があったのだ。
そうなのかと やよいは すこしぞっとしたが、 自分も やはり、 おなじことを するだろう と 漠然と 想った。
「だからね 間違っても ー生涯 あなたにこの身を 捧げますなんて 誓うもんじゃないよ..」 と 叔母は やよいに 何度も念を押した。
叔母が言うには、 最初の相手が 亡くなったときに、 あまりにも 悲しんだ やよいの母が、 その棺に 自分の髪を 入れたのだという。
母さんは わたしの実の母と、 闘っていたのかと やよいは気づいた。 実母は、 やよいの父に嫁いだあと 二十八で 死に別れ、 そのあと 二度嫁いだが 上手くいかなかった。
ふっくらとした香り... やよいは、 母のことを想いだす。 白くて小さい 母さんのことを。 いつも少し 耐えた顔、 母さんは なにと闘っていたのだろう。
欲しい分だけ もらってきたニラを 玉子でとじる。 湯気がたち ジュウという音がしても ゲンは、 起きなかった..
やよいが 大家さんのところの もらい湯 から 帰ってきても、 ゲンは まだ眠っていた。
ゲンは、 やよいが 生まれた日のことを うっすら 覚えているという... まっ白い 小さな なにか。 それが ときおり動いては、 声をあげた... 2月のこと。 ふたりは とても寒い日に、 出逢った..
時には ゲンが帰ってくる... ドサァッ という音をたてて、 倒れ込むようにして 寝てしまう。 いびきなのか うわごとなのか、 わからない声で 唸っている。 やよいが 耳元で 聴いてみると、 『無事でいてくれ 無事でいてくれ 無事でいてくれ..』
せまい家の 片付けや 掃除、 井戸のまわりの 草むしりを していると、 夕暮れが くる... やよいは これが 心底こわい。 「母さんは どうしてるんだろう...」 借金のことも こわくて たまらない。 外の暗さを 見ないようにして、 布団に入ってしまう。 ......…
こんなふうに ずっと ひとりで待っていると、 食事も 喉を通らない... お腹のすく感じが ないのだ。 それでも ごはんをたいて 青菜の味噌汁の したくだけはする。 そこに、 大家さんが 産みたての卵を 持ってくる... 世話になって以来、 ひどい痩せ方のやよ…
やよいは 空を見上げた... 「無事で もどりますように」 「無事で もどりますように」 .............. 念仏のように、 心の中で くりかえしている。 宮大工の仕事というのは、 仕事の腕と 期日までに 完成する力。 仕事にでたきり、 3日も、4日も 戻らない..